東京地方裁判所 昭和43年(ワ)202号 判決
原告 甲野花子
右代理人弁護士 高橋武
被告 株式会社相互ブラッドバンク
右代表取締役 近藤健次
被告 多田正和
右代理人弁護士 米津稜威雄
同 田井純
同 岡部真純
第一主文
一、被告らは原告に対し連帯して金一〇六、五〇九円およびこれに対する昭和四三年一月二〇日から完済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。
二、原告その余の請求を棄却する。
三、訴訟費用は十分し、その一を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。
四、この判決一項は仮に執行することができる。
第二本訴請求の趣旨
「被告らは原告に対し、連帯して金二、四八八、五〇〇円およびこれに対する昭和四三年一月二〇日から完済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。」との判決ならびに仮執行宣言。
第三争いない事実
一、負傷自動車事故発生
とき、 昭和四一年六月一三日午後九時四〇分頃
ところ、 東京都新宿区西大久保一―三八六先交差点
事故車 被告会社所有の自動車、品八せ八〇八号
右運転者 被告会社の従業員被告多田
受傷者 原告(自動車練五な五〇二五号運転中)
態様 事故車が池袋方面から新宿方面に向って南進中、左側から進入する道路を西進してきた原告車と出合がしらの衝突をし、ために原告は受傷した。
二、責任原因について
被告会社は本件事故車の運行供用者として事故につき賠償責任を有する。被告多田は被告会社の血液銀行としての業務のため運転中の事故であった。
第四争点
一、原告の主張
(一) 被告多田の責任原因
本件事故は被告多田が血液銀行の業務のため緊急サイレンを鳴らしながらセンターラインをこえて時速七〇キロで進行してきたが、その進行方向の信号は赤信号であったから交差点進入の際左右の安全確認の上徐行すべき義務があるのにこれを怠り、多少減速したのみで交差点に進入した過失により惹起したもので、同人は不法行為責任により、原告に生じた損害を賠償しなければならない。
(二) 損害の発生
1 傷害の内容
右側頭部、左胸部、左手打撲傷を受け上半身全般の腫脹を来し、また右打撲により切迫流産の手術を二度やむなくされ、また頭部外傷に起因するノイローゼを後遺症としてのこした。
2 損害の数額
(1) 治療費 金六一、五三〇円
(2) 転地療養費 金七五、〇〇〇円
後遺症のノイローゼ治療のため医師の勧めにより昭和四二年六月一日から同年八月末まで葉山に転地療養し部屋代として毎月二五、〇〇〇円あて、右額の出費を要した。
(3) 学校関係の費用損失 金四一、九七〇円
原告は事故当時調理士の資格をとるため服部栄養専門学校に進学していたものであるが、事故のため通学困難となり入学時の入学金授業料実習費、施設費として納付した金五一、〇〇〇円および各種テキスト、実習用具代金三二、九四〇円が無駄となった。
今後学業を継続するときには再入学の手続をとらねばならず少くとも右金額八三、九四〇円の半額金四一、九七〇円は本件事故による損害として被告らが負担してしかるべきものである。
(4) 逸失利益 金三一〇、〇〇〇円
原告は事故当時喫茶店ニッカの会計として月三〇、〇〇〇円の給料を得ていたが、事故後七、八月は静養のため勤務が困難となり一ヶ月金一五、〇〇〇円あてしか得られなかった。また昭和四一年一二月以降は曇天や雨天の日は頭痛がするので十分に出勤できず、同年一二月は金一八、〇〇〇円、翌四二年一月は金一九、〇〇〇円、同年二月は金一三、〇〇〇円しか得られず、その間金三〇、〇〇〇円との差額につき、また同年三月から一〇月までは欠勤したので八ヶ月分の給料につき全額を失った。従って右休業により合計金三一万円の得べかりし給料を失ったことになる。
(5) 慰謝料 金二、〇〇〇、〇〇〇円
原告は事故当時姙娠していたが、本件事故により、間もなく流産しており、その後二ヶ月後にも流産している。当時内縁の夫があったが、習慣性となった二度の流産や転地療養のため疎遠になった。また頭部外傷の後遺症は将来完全に治癒するかどうか不明の状態で、いずれの事情も今後結婚その他、女としての生涯を左右する重大な障害となった。右事情を考慮すると、慰謝料は金二百万円が相当である。
二、被告らの主張
「過失相殺」
被告の事故車は緊急自動車であるから、これに対して原告は交差点を避けかつ道路の左側によって一時停止しなければならない。しかるに原告は他の車輛が被告車のサイレンに気づいて一時停止しているのにこれに気づかず時速三五キロないし四〇キロ程度のまま本件交差点に進入した過失は極めて重大で過失割合は原告車九ないし八、被告車一ないし二とすべき事案である。
第五争点に対する判断
一、被告多田の不法行為責任
被告多田は輸血用血液の輸送のための緊急自動車の運転に当っていたものではあるが、本件交差点には時速約三五キロを下らない速度で進入したもので、信号が赤であり、夜間でもあることから道交法三九条二項の徐行義務を十分つくしたものとはいえずこの点に過失が認められ、本件事故により生じた原告の損害につき民法七〇九条による損害賠償の責任がある。
(資料≪省略≫)
二、原告の損害
原告主張のうち、本件事故に因果関係があるものとして左の限度での損害発生が認められ、他は納得できる立証がなく、にわかに認定しがたいところである。
(一) 傷害の内容
右側頭部、左胸部、左手打撲傷、頭部外傷による脳波異常。なお原告は本件事故後約一ヶ月後の七月一〇日頃とさらに二ヶ月後の九月二〇日頃の二度にわたり切迫流産により手術をしており、これを本件受傷に起因するものと主張していたが、右姙娠は妻を有する訴外山野正之との交渉によるものであり、事故後も同人との間には通常の夫婦生活程度の交渉が続いていたこと、その後引続いて二度にわたり切迫流産していること、本件受傷部位などからして、むしろ原告の体質等に起因する習慣性のものと考えられないこともなく、本件事故によるものとは認めがたいところである。
(二) 損害の数額
1 治療費 金五五、〇三〇円
事故直後から同年七月一一日まで通院受診した春山外科医院での治療費、翌四二年三月二三日の東京医科大学病院での治診療費、同年四月六日から同年一〇月三一日まで受診した若林神経科治療費の総計である。甲第一一号証による山田医院の切迫流産の手術料六、五〇〇円はすでに判示したように本件事故による損害とは認められない。
2 慰謝料 金三〇〇、〇〇〇円
受傷の程度、また右打撃による脳波の異常が翌年一〇月頃まで残り、少なからぬ生活上の不安を与えたこと、などから右額が相当である。
3 逸失利益、学校関係の費用損失、転地療養費について
原告は前掲山野正之の経営する喫茶ニッカ勤務による給料の損害を主張するが、その損害額を証するとする≪証拠省略≫には原告本人の署名押印こそあれ、やとい主側ニッカの何らの記載もなければ、一〇年余繁華街で約二〇名の従業員をやとっていると右山野の称する喫茶店の給与支給でありながら、税の源泉徴収、社会保険料の控除などの記載もなく、収入およびその減収を立証するものとは認めがたい。しかも原告は山野から勤務などにかかわりなく、月々家賃と三、四万の生活費を受領していたもので、当時山野にはさらに他のいわゆる女ができるなど、生活の身辺、感情がみだれていたことがあって、本件受傷の程度からの受傷のみを以て、勤務を休まねばならない程度とも認めがたい。これらの諸点から休業による逸失利益は認めがたい。
なおまた学校関係の出費および転地療養費の出費があったことは認められるが、右と同様症状の程度、ノイローゼはむしろ事故以外に起因するなどの理由で本件事故と因果関係ある損害とは認めがたいところである。
そうすると本件事故による原告の損害は合計金三五五、〇三〇円となる。
(資料≪省略≫)
三、過失相殺
本件事故については原告進行路は信号が青であったが、交差する道路からくる被告多田の運転する事故車が緊急自動車であり、緊急サイレンを吹鳴し赤色警光灯を回転しながら本件交差点に進入したのにかかわらず、また右事故車と併進の輻輳した車輛ならびに原告の対向車のすべてが交差点直前で待機停止しているのに、全く、これらの状況に気づかず漫然交差点に進入した重大な過失が認められる。
そして前掲判示の被告多田の過失との対比、原告進行路の幅員約九メートル、被告多田の進行路の幅員が約一四・六メートルであること、原告進行は被告多田にとって左側に当ること、衝突の態様被告多田の緊急用務の内容が血液運搬であったこと。受傷の程度などから原告の損害につき七〇%を過失相殺すべきものと考える。
そうすると被告らが賠償すべき額は前記認定の損害額の三〇%金一〇六、五〇九円となる。
(資料≪省略≫)
三、結論
そうすると原告の本訴請求は主文の限度で認容すべきである。訴訟費用につき民訴法第九二条、仮執行宣言に関し同第一九六条を適用した。
(裁判官 舟本信光)